CLAP LOG01
1.焦がれる(綾部)
まだ来ない。いつ来るんだろう。
そんなことを思いながら、もう随分の時間が経ってしまった。空の色が青色から橙色に変わっている。
いい加減諦めればいいのに、僕は暗い穴の底でずっとあの人を待っている。
不運な保健委員長なら、日に何度も落ちてくれるのに、あの人ときたらいつもそうなってはくれないのだ。
あの人を捕まえるために掘った蛸壺に、善法寺先輩が填まっているのを見つけたときは、埋まったまま出てこなければいいのにと口に出していた。
先輩が涙目だったのは言うまでもない。
まあそんなことはどうでもよくて、とにかく僕が待っているのは彼女ただ一人。その他はどうだっていい。
カアカアと気の抜ける鳴き声で、見上げた丸く切り抜かれた上空を烏が渡っていく。
その様を見たまま、僕は恋しく呟いた。
「早く僕のところまで落ちてくればいいのに」
2.追いかける(九々知)
「ねぇ、待って!」
「・・・あ?はい、すみません。速すぎましたか?」
「速すぎ!歩幅違うんだからもうちょっとゆっくり歩いて」
「失念してました。でも急いでます。早く行きましょう」
「兵助くんは何を急いでるの?」
「今日のAランチに揚げだし豆腐がつくんです」
「え、そんな理由?」
「大事な理由です。さあ早く」
「あー!速い!待って!待ってってばぁ!」
(・・・追いかけてくるのが可愛いから速足で歩いてるのは内緒だ)
3.諦める(立花)
「もういい加減諦めたらどうだ」
「いや、でもまだまだ・・・てゆーか退いて!あたしの上から即刻退いて!」
「強情を張ってもいい結果にはならんと思うがな」
「仙蔵的にはあたしが観念すれば万事解決だって言いたいんだろうけど、だからって応と言うあたしじゃないのよ!助けてー!ドS作法に食われるー!」
「無駄だ。人払いは済ませてある」
「用意周到か!退路を断つなんて卑怯よ!」
「まあこれが戦の作法というわけだ」
「うまいこと言ったみたいな顔してんじゃないわよ!ってううわぁほっぺた撫でないで!やらしい!」
「当り前だろう。私が何のためにここまで誂えてやったと思ってるんだ」
「嫌だ聞きたくない」
「ならば大人しく諦めろ。悪いようにはしないさ」
「現在進行形で悪い状況なんですけど」
「今より酷くするぞ」
「うわーん!!鬼ー!!」
4.懐かしむ(善法寺)
「昨日、部屋掃除しててみつけたんだけど」
「なになに?わー、何それ懐かしい!あたし達が一年だった頃の忍たまの友だ」
「これって、君が書き写してくれたんだよね」
「そうそう。伊作がこの初めて手にした真新しい教科書を持ったまま、外に出かけて行って・・・」
「ああ、今でもありありと思い出せる・・・。持ったまま、小平太がアタックしたバレーボールに頭ぶつけられて池に落ちたっていう・・・」
「ピカピカだった忍たまの友は、びしょびしょのふにゃふにゃに!」
「悲しかった!ものすごく!」
「さすが不運の星の下に生まれただけあるわ、伊作」
「いやぁ、それほどでも・・・。ってそうじゃなくて。それで、たまたまそれを見ていた君が可哀想だからって、わざわざ自分の持ってた忍たまの友を写本してくれたんだよね」
「そうそう。あんまりにも不憫だったから」
「あのときは本当にありがとう」
「どういたしまして」
「このときから、字すごく綺麗だったんだね」
「そう?まあ伊作が授業で使うものだから、綺麗に書かないとって思ってたからかしら」
「僕、すごく嬉しかったよ。これは卒業しても大事にしまっておくんだ」
「え?それって、卒業するときに返すって決まりじゃない?」
「え?」
「ホント」
「嘘でしょ」
「門外不出でしょうが。そういうの」
「嫌だ!僕、ちょっと学園長先生と掛け合ってくる!!」
「はいはい。綾部の穴に落ちないようにね」
5.望む(潮江)
随分遠くに来たな、と文次郎が言う。
あたしは、そうねと返して小さくなった忍術学園を眼下に望んだ。
本当に遠くまで来た。
真夜中、あたしの部屋に忍んできて彼は不自然に顔を赤くして言った。
「鍛錬に行くぞ」
はぁ?何それ?
夜中だからばっちりしっかり眠っていたあたしを起して何を言うかと、苦無の一本でも打ってやろうかと思ったけどやめた。
ああ、そう。
文次郎ってそういうことちゃんと言わないものね。気恥ずかしいから。
要するに逢引のお誘いね?
鍛錬なら会計委員の子たちを引き連れていくだろうに、わざわざあたしを誘うなんて。
仕方ないから彼の本心には気付かないふりして、その広い背中に着いて夜道を駆けた。
途中、岩に足を取られそうになったあたしを支えて、手を取ってくれた。
くそぅ、文次郎のくせに。ちょっとほだされそう。
大きくてごつごつした男の人の手。
高台に着いたのにその手はまだ離れないまま、ぴったりとひっついている。
「寒くないか?」
「平気。文次郎の手があったかいから」
言うと、文次郎は面白いほどまごついた。手を離そうと引きかけた腕を、繋いだ手と反対の手で押さえる。
「おい、お前何して・・・」
「嫌よ。離したくない」
そうよ。離したくなんてない。
せっかく二人きりなのに、どうしてこの手を離さないといけないの。
誘ったんなら最期までこうしていてよ。
「仕方ないな・・・」
文次郎は思ったより優しいから、結局あたしの手を離さなかった。
でも、こうしていたいって思ったのはあたしだけ、なんてそんなことはないでしょう?
ほら、触れあった手の温度がまた上がった。
眼下には忍術学園。
あたしたちはその景色を、固く手を握り合ったまま見下ろした。